葛飾北斎-4

諸国瀧廻り

 「諸国瀧廻り」は天保3〜4(1832〜3)年、西村屋与八(永寿堂)より出されたシリーズで、諸国の名瀑を廻るコンセプトで組まれている。古くから
信仰の対象でもあった滝の姿を、北斎一流の空想を加えながら劇的にに表現している。伸びが良くぼかし摺りに適した輸入染料のベロ藍を用い、
豊かな滝の表現などにその効果を最大限に生かしている。
 例えば「@和州吉野義経馬洗滝」の豊かな水流の表現や、厳しい滝の流れを切り立つ崖のように描いた「A木曽海道小野ノ瀑布」、レース編み
のような細波の表現が秀逸な『B東都葵ヶ岡の滝」など、何れも藍の濃淡と白のコントラストを生かした涼感あふれる表現になっている。また、日
光三名瀑の一つを描く「C下野黒髪山きりふりの滝」では、黒髪山(男体山の別名)の名のとおり、まさに豊かな黒髪のように流れる滝が演出され
ている。
 時に神格化され、時に擬人化されながら、諸国の滝があたかも命を持つ生物のように個性的に描き分けられているのが面白い。

 諸国瀧廻り 和州吉野義経洗滝@  諸国瀧廻り東都葵ヶ岡の滝 B
 諸国瀧廻り 相州大山ろうべんの滝  諸国瀧廻り 美濃ノ国養老の滝
 諸国瀧廻り 下野黒髪山きりふりの滝C  諸国瀧廻り 木曽海道小野ノ瀑布A
 諸国瀧廻り 木曽路の奥阿弥陀ヶ滝  諸国瀧廻り 東海道坂ノ下清滝くわんおん


千絵の海

 「冨嶽三十六景」に引き続き、天保4(1833)年頃北斎が挑んだ揃物の一つ。横中判全10図からなる魅力的な作品だが、伝存例は少ない。
 誇張された川波と舟が「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」を連想させる「@総州銚子」、湾曲した浦賀の海浜に取材した「A相州浦賀」、階段状の
川水に網をかけ漁をする漁夫を描いた「B待チ網」、闇夜に松明などを灯して行う炬火漁を描いた「C甲州火振」、浅草の待乳山の下あたりをなが
れる隅田川の景を取材した「D宮戸川長縄」、現在の千葉市の西方におたる登戸浦で貝拾いをする情景の「E下総登戸」、羽毛などで蚊に似せた
擬餌鉤の蚊針による流し釣りを描いた「F蚊針流」、臨場感あふれる五島鯨「ゴンドウクジラ」の捕鯨に取材した「G五島鯨突」、坂東太郎の名で親
しまれる利根川の漁を描く、「H総州利根川」、そして鉢を持って漁をする人々を描いた「I絹川はちふせ」など、いずれも庶民の暮らしぶりを交え
て生き生きと描いている。
 江戸っ子は洒落を好み、浮世絵の題名にもしばしば地口(語呂合わせ)の趣向が取り入れられている。「千絵の海」という題名も、知恵の深さを
海に例える「智慧の海」の言葉遊びである。

 千絵の海 宮戸川長縄D
 千絵の海 下総登戸E
 千絵の海 相賀浦賀A
 千絵の海 総州銚子@
 千絵の海 総州利根川H
 千絵の海 甲州火振C
 千絵の海 五島鯨突G
 千絵の海 蚊針流F
 千絵の海 待チ網B
 千絵の海 絹」川はちふせI (復刻 アダチ版)


雪月花

 名所絵の流行により、各地の景勝地に取材した様々なタイプの作品が刊行された。旅への憧れの高まりと共に、名所を絵入りで紹介する所謂
「名所図会」の刊行が盛んになると実際の景色に取材したもの、あるいは名所図絵などの既存の刊行物を参考にしたもの、さらに多くの絵師の空
想によって創作したものなど様々なスタイルの名所絵が流行する。
 これらに加え、中国の著名な景勝地、瀟湘八景にちなんだ近江八景、琉球八景などの「八景もの」や、ほかにも滝、やまあるいは雪月花など特
定のテーマに沿って企画された連作も増えていった。
 北斎もまた日本の伝統的な「雪月花」という画題に沿って、隅田、淀川、吉野の各地の景を詩情豊かに描いている。
 本図は天保3(1832)年頃の作と考えられる横大判の揃物で、隅田川沿いに向島を見下ろす冬の景が「雪」画題に寄せられている。右下の小さ
な社は梅若神社。月は大阪、淀川の夜景。そして花は古来桜の名所として名高い奈良、吉野の春景を描く。構図にもそれぞれ工夫を凝らしてお
り、、特に「雪」「月」の2図に北斎がこの時期に好んで用いている俯瞰的な構図が顕著である。また、極端な俯瞰構図はもちいないものの、満開の
桜をあたかもなびく雲のように表現し、画面に自然な奥行きをもたせた「花」の構図も見事である。伝統的な雪月花のがだいに北斎らしい斬新な構
図感覚を取り入れ、諸国名所を新鮮なイメージで描いた秀品である。

 雪月花 隅田
 雪月花 淀川
 雪月花 吉野


発行 株式会社サンオフィス
「北斎と広重展 目録」より抜粋し掲載する




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