肉筆画−2

葛飾北斎
風流無くてななくせ ほおずき
細面の典型的な宗理風美人が2人。1人は化粧に余念が無く、もう1人は洗髪の途中で
口にほおずきをくわえるクセがある。そんな日常のたわいない瞬間をとらえた美人大首絵
の珍しい作品。「なくてななくせ」の題名どおり7枚揃いを目ざしたのだらうが、現在はこの
ほか「遠目鏡」が知られるのみ。

夏の朝
年増の艶っぽい美人が、柄鏡を手に持ち、朝の身支度に余念のない姿を描いたこ
の「夏の朝」は、北斎美人画中屈指の秀作である。
着物と帯の粋な色の取り合わせに加え、帯の織りの素晴らしい質感描写、さらに衣
紋線のスピード感あふれる流麗な曲線と、帯の打ち込みの強い短い直線による輪
郭が対照的で、まさに人物をひき締めている。二の腕や裾に見えるさざ波のように
チリチリとする絞りの下着も色っぽい。美人の後姿でありながら、鏡に顔の全貌を映
して、見る者を満足させる手法は浮世絵にふさわしい処理だ。衣桁にかかる着物も
小粋な縞模様でしゃれた色合いになっている。
しかし、よく見ると背中が異様に後方にその返っていて、頭部から首筋、背にかけて
「く」の字を描く不自然な体だ。開いた足も上下に離れすぎ、長さが違うかのようで、
腰にどうつながるか不思議だ。それでいて全体に違和感がないのは北斎の魔術の
なせる業であり、「酔余美人画」よりやや後の50台半ばごろの制作と思われる。

酔余美人図
朱の盃につがれた酒はすでにまく、女が酔いに身を任せて三味線箱よりかかり、しばしの物思いにふける風情を描く。
足をどうしているのか不分明だが、衣紋の直線的な輪郭線が緻密な色彩と対照的で、画面をすっきり纏めている。

西瓜図
西瓜の切り口に貼りつく布が西瓜の水分を吸いとってしっとりと湿
っている質感を見事に表現しているのが圧巻である。上に吊るさ
れた皮がうごめくような気配をみせるのは、80歳の北斎のアニミ
スティックな視覚の性向であらう。

雪中虎図
北斎が死の3ヵ月ほど前に描いた最晩年の肉筆画。もはや大地を蹴って走る力強い四肢はなく、爬虫類のように体躯をう
ねらせて虚空間を浮遊するかのような虎である。降り積もった雪からのぞく竹の葉先が、若い虎の爪のように老虎を竹林に
誘い込み、画面いっぱいに吹きつけられた胡粉が、夢幻の世界を演出する。北斎90歳の魂の自画像ともいえる老虎では
なかろうか。

二美人図(部分)
北斎肉筆美人図中の白眉。宗理風の華奢な美人から「酔余美人」などの
大柄でややいかつい美人に移行する40代半ばころの作品で、特に首が
異様に太くなってくる。着物の精緻な質感描写は見事であるが、解剖学
的にはあり得ない体躯の組み合わせが目立ちはじめる。立位の女性の
首と胴体部との繋がりなど、その最たるものだが、その異様な組み合わ
せが全体を見るとき、全く感じなくなり、美しい姿ばかりが印象づけられる
ところに北斎画の秘密がある。

夜鷹図
垂れ下がる柳の枝がわずかに左にそよぎ、それを受け夜鷹の
肢体が弓のように撓う。素晴らしい緊密感にあふれた画面だが
夜鷹の足の位置から推すると、首は180度真後ろを向く無理な
姿勢で、すでに奇妙なかたちへの傾斜がみられる。

日進除魔
1842(天保13)年から翌年にかけ、北斎は魔除けのために日課と
してさまざまな獅子を描いた。墨だけによる素画だが、北斎の奔放な
構像力とそれを支えるすぐれたデッサン力が生々しく伝わってきて、見
る者を魅了してやまない。

北斎漫画(初編)
北斎の名をヨーロッパで不屈のものにした「北斎漫画」初編の下絵は、初めての関西旅行の途中立ち寄った名古屋で
描かれたという。「略図式」以上に作業中の人物の手足の位置や動きといった「かたち」に重点をおいて描いている。

株式会社デアゴスティーニ・ジャパン発行
週間アーティスト ジャパン
「葛飾北斎」より一部抜粋掲載する


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