夏の朝
年増の艶っぽい美人が、柄鏡を手に持ち、朝の身支度に余念のない姿を描いたこ
の「夏の朝」は、北斎美人画中屈指の秀作である。
着物と帯の粋な色の取り合わせに加え、帯の織りの素晴らしい質感描写、さらに衣
紋線のスピード感あふれる流麗な曲線と、帯の打ち込みの強い短い直線による輪
郭が対照的で、まさに人物をひき締めている。二の腕や裾に見えるさざ波のように
チリチリとする絞りの下着も色っぽい。美人の後姿でありながら、鏡に顔の全貌を映
して、見る者を満足させる手法は浮世絵にふさわしい処理だ。衣桁にかかる着物も
小粋な縞模様でしゃれた色合いになっている。
しかし、よく見ると背中が異様に後方にその返っていて、頭部から首筋、背にかけて
「く」の字を描く不自然な体だ。開いた足も上下に離れすぎ、長さが違うかのようで、
腰にどうつながるか不思議だ。それでいて全体に違和感がないのは北斎の魔術の
なせる業であり、「酔余美人画」よりやや後の50台半ばごろの制作と思われる。
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